2004年06月20日

戦前の海老川河口と船橋漁港

戦前の海老川河口と船橋漁港だ.今の湊町あたりになる.現在の地図とあわせて見てみた.
戦前:海老川河口と船橋漁港(湊町)現在:海老川河口と船橋漁港(湊町)3D







現在の船橋市役所あたりは、三田浜塩田となっていた.塩田は、市川行徳や浦安の方がさかにおこなわれていたが、1880(明治13)年に東京三田から来た人が始めたのが三田浜塩田だった.そして、和食の三田浜楽園の名前となった(経営者は変わっている).また、現在の船橋競馬場の場所も塩田で、1884(明治17)年にに開かれた小松屋新田(五日市浜塩田)だった.
1880(明治13)年:船橋海老川河口地図1923(大正12)年ごろ:三田浜塩田(現在の船橋市役所周辺)













vivit at 15:30│Comments(2)TrackBack(0)今、船橋 

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この記事へのコメント

1. Posted by ピ〜↑↑   2005年10月26日 00:21
なぜ塩田ゎなくなったのかをしりたいので,書き込みまってます絖
2. Posted by こおり   2005年10月26日 11:48
東京湾からなぜなくなったかは、海が汚れたからかな。^^;)
まあ、首都圏では、塩田よりも、工場とか作った方がよかったからですね。遠浅の海は埋め立てに適していたし。
塩田による海水からの製塩は、コスト(費用)がかかります。
輸入した方が安くなったこともありますね。

昔の方法で塩を作るには、東京湾よりも瀬戸内海の方が自然条件がよいので(晴れの日が多く、気温も高い)、まずそちらに製塩業が集約されて、その後は技術改良で天気に頼らない製塩法に変わって、今は工場で製塩されています。

まあ、詳しいこと、ほんとのことは、下記のサイトなどで調べてください。
http://www.sio.or.jp/
http://www.shiojigyo.com/

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