2004年06月29日

船橋ヘルスセンター構想は、天然ガスの採掘にあった

1952(昭和27)年の船橋市広報に載った、当時の船橋市長(高木良雄)の「何を私を試掘させたたのか」の抜粋の内容だ(全体的に文章を現代口語調に修正した)
1950(昭和25)年:船橋港湾工事始まる6







今回の天然ガス試掘について、私(高木良雄)がどうしてこれを決断するにいたったのか、また今後この天然ガスをどのように展開させていくのかを説明したい.
現在、地方自治体がいろいろなサービスの仕事をしていくためには、それ相当の財源が必要となってくる.終戦、地方自治は確立されたものの、それぞれの地方においてまかなっていくだけの財源を持たなければ、本当の地方自治の確立はありえない.このようなことを考えた場合に、工場誘致ということが考えられる.ご存知のように、船橋市の立地条件は、東京に非常に近いという条件にもかかわらず、現在工場がきていない.
1952(昭和27)年:船橋天然ガス1号井戸採掘状態図















これには、いろいろな原因があり、電力の問題、道路の問題、水路の問題といった問題が山済みされている.電力事情においては、千葉市に作られている川崎製鉄所は、その点が難関であったわけだが、その後15万ボルトの電気が入ってくるようになり、電力の事情も好転しかけてきている.また道路にしても、京浜地域に比べると、発達状況が非常に悪い.
水路の問題も、船橋市は海を持っているが、港としての役割を果たすことができない状態にある.このように悪条件が重なっているので、今日においても工場の誘致ができないでいる.かつて、工場疎開のために一時工場があったが、これらの工場も終戦とともに閉鎖された状態のままとなっている.
港の問題についても、なかなか思うにまかせられず、国の援助を待たなければ解決できない状態である.道路の問題も、東京小松川から直接船橋に来る国道であるが、すぐできるといった状態ではない.
これらの諸問題も近く目処がつくものと確信しているが、そこに船橋市としての心構えの問題があり、進んで何かの手を打たなければいけない.今回の天然ガスの開発によって工場誘致を計り、船橋市の現状を打開しようとする意図から天然ガスを試掘した.
1952(昭和27)年:船橋天然ガス1号井戸採掘装置・原理図








しかし、天然ガス事業そのものについては、それ自体大きな予算をともなうので、企業家にお願いして、井戸を掘って天然ガスの利用を各方面にあたって研究開発の協力をお願いしている.その間、試掘のための補助金のことでも、昭和26年に残った予算から補助金をお願いしたり、天然ガス資源開発の意味から本省にもお願いをし、その道の専門企業家にもいろいろとと研究をお願いしている.また、いわゆる企業家は天然ガス企業の将来ということから、アメリカを回ってその状況を視察している.
※ 採掘の深さは当初800mだったが、結果的には1000mに達した.
※ 結局、然ガスの井戸は8本掘ったとされている.
※ 温泉は、27度だったとされている(ららぽーとの湯も同じと思われる)
※ 京葉ガスは、1960(昭和35)年から、原料を石炭から千葉県産天然ガスに全面切替をおこなっている.
※ 1965(昭和40)年から、石油系原料であるナフサに変更.
※ 1983(昭和58)年から、先行した東京ガスと共同でアラスカ産天然ガスへ.

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1. ららぽーとで天然ガス採掘 東京と天然ガスの採掘  [ マイペンライ ]   2005年02月11日 17:35
ららぽーとでガス田北区で温泉採掘をしていたところ天然ガスを掘り当ててしまい炎上が続いています、さいたま、神奈川、千葉、東京は南関東ガス田と呼ばれるガス田となっています、ここは埋蔵量が豊富にあるようである会社は今のままで採掘しても数百年間も持つといってい...

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